賃貸館 英賀保店 【姫路・太子・たつの・相生】を盛り上げよう!

賃貸館 英賀保店 【姫路・太子・たつの・相生】を盛り上げよう! 地域密着型の不動産会社です。特にハウスメーカーとのパイプも強く、不? 賃貸館英賀保店では姫路市を中心に西は赤穂、上郡と賃貸物件を多数取扱いしています。ぜひ賃貸・売買・管理・リフォームなど不動産に関することなら何なりとお気軽にご相談下さい。「全てのお客様に驚きと感動を」をモットーにお部屋探しをサポートさせて頂きます。

29/11/2022

名言

11/11/2022

「あれは何?」
母が認知症になった。
施設には入れずに、自宅で介護を続けてきた。
施設の見学には行ったが、
母をそこに入れることが不憫に思えた。
3年後。
懸命な介護にもかかわらず、母の認知症は進んだ。
その頃には私も介護に疲れ、少しのことでイラつくようになっていた。
ある日、家の庭に野良猫がやってきた。
母は猫を指差し、「あれは何だい?」と訪ねてきた。
私は「あれは猫だよ。」と、少し冷たく答えた。
母は1分もしないうちに私に訪ねた。
「あれは何だい?」
「母さん。さっき言っただろ?あれは猫だよ。」
私は少しイライラしていた。
母はまたすぐに言った。
「ねぇ、あれは何?」
私は感情にまかせて母を怒鳴った。
「母さん!何度も言ってるだろ!あれは猫だよ!!分からないの!!」
母は恐れるような眼で私を見つめ、それからは黙っていた。
その後すぐに、私は母を施設に入れることにした。
母の荷物をまとめるために部屋を整理していると、古いノートが何冊も出てきた。
パラパラとめくって中身を見ると、それは母の日記で、
私を産んでから数年間、毎日のように書かれたものであった。
私はハッとした。
それを読んでも母を施設に入れる気持ちは変わらないと思ったが、
なんだか申し訳ない気持ちになって、なんとなく読み始めていた。
内容はありふれたもので、
『私が初めて・・・をした。』というようなことがほとんどであった。
私は大した感動をすることもなく1冊目を読み終えると、
2冊目の日記を読み始めた。
6月3日。
もうすぐ4歳になる息子と公園に行くと、
1羽のハクセキレイが目の前に飛んできた。
息子は「あれは何て言う鳥?」と、
私に何回も何回も訊いてきた。
私はその度に
「あれはセキレイって言うんだよ。」
と、言って息子を抱きしめた。
何度も訊いてくれることが、
私をこんなに穏やかにしてくれるなんて。
この子が生まれてきてくれてよかった。
ありがとう。
読み終わった私の目には涙があふれ、
母のもとに駆け寄り、
やさしく抱きしめながら泣きじゃくった。
母は、そんな私をただやさしく撫でていた。
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介護は大変だと思います。
このように余裕がなくなる時もあるでしょうね。
でも、人は同じように年を取る。
改めて考えさせられました。

18/10/2022

おばあちゃんの名言集

嘘つかれたときは怒るよりも先に
「嘘をつかせてしまうほど人を追い詰めるな」

「100点の女の人を探すんじゃなくて、

100点を目指して一緒に成長しあえる女の人と結婚すればいい。

自分自身も100点じゃないんだから。」

「若いうちしかできへんことやるんやで。あほみたいに遊ぶのもばかみたいに騒ぐのも大切やけど将来に向かって全力で努力できるのも若いうちだけやで。

年をとってもできるけど年齢あがればあがるほど他にやらなあかんこと増えてくるからな。」

「若いうちは、しごとの成功は、

いくら稼いだかで評価される。

でも、年をとると違う。

どれだけ自分の仕事を愛してきたか、で評価されるんだ」

「神様っていうのはね 何でも願いを叶えてくれるわけじゃないんだよ 自分に出来ないことだけを叶えてくれるんだよ 願いを叶えてくれないってことは その願いを諦めなければ 自分で叶えられるってことなんだよ 」

「人生なんてひまつぶしみたいなもんよ。

楽しくやんなさい。」

10/10/2022

【もし、もう一度生きられるなら】

僕は犬。

生まれてすぐこの家に連れて来られた。
お母さんのお乳を吸った記憶は数えるほどしかない。

僕がこの家に来た時、君はまだ小さな子供だった。
君は僕に興味心身だったね。

僕のその頃の楽しみは、君のお母さんと
君と一緒に散歩に行くことだったよ。

君のお父さんは仕事で忙しかったけれど、
暇なときはお酒を飲みながら
僕にいっぱい構ってくれる良い人だったよ。

君たちは僕に家族として、
優しく接してくれたね。

山にも行ったし、川にも行ったね。
君と一緒に水遊びをするのは楽しかったなあ。

君は大きくなるに連れて、
毎日がとても忙しそうだったね。

僕の散歩はお母さんとの日課になったね。

君は朝早くから家を出て、
夕方に帰ってくるとすぐに
また出かけていって、
夜の遅くに帰ってきたね。

君が僕に構ってくれる時間は
だんだん少なくなっていったね。

けど僕はお母さんと散歩に行ったり、
お父さんの晩酌に付き合ったりして楽しかったよ。

だんだん君は家にいることが
多くなっていったね。

けれど君はずっと机に向かって
一生懸命勉強していたね。

僕がたまに君に構って欲しくなったとき、
ワンと吠えたら君は嫌な顔せず僕と一緒に遊んでくれたね。

君が大人になった頃には、
お母さんもお婆さんになって、
お父さんはお爺さんになっていたね。

僕ももちろん年をとる。

だんだん楽しみな散歩に
行くこともできなくなってきたよ。

お父さんとの晩酌は相変わらずだったなあ。

君は家を出ていったね。

たまに帰ってきたときは
たくさん遊んでくれたね。

とっても嬉しかったよ。

時が経ち、僕の身体は思うように
動かなくなってきた。

散歩にはもうずっと行っていない。

お父さんとお母さんはよく
僕のそばに寄り添ってくれるようなった。

今日は君が帰ってくる日だったね。

君は帰ってくるとすぐに
涙目になりながら、僕の方に来てくれた。

どうしたの?

何か悲しいことでもあったのかな…

僕は君の伸ばした手を
精一杯の力を使って舐めてあげた。

大丈夫だよ。

僕がいるから安心して。

お父さんとお母さんも
僕のそばにやってきた。

三人ともどうしたんだい?

僕は精一杯の力を使って声を出した。

三人は涙を流しながら
僕の身体をさすってくれる。

ああ、気持ちいいなあ。

意識が遠くなっていく。

三人の声が耳に響いてくる。

僕は永い眠りについた。

僕は犬。

人の言葉はわからない。

けれど気持ちはなんとなくわかる。

僕は犬。

人の言葉を話せない。

けれど気持ちは表現できる。

僕は犬。

人の言葉を話したい。

人の言葉を理解したい。

もし、もう一度生きられるなら

人として、君たちの家族として…

同じ時間を生きたい。

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この素敵なエピソードによって

たくさんのワンちゃんと私たちの

絆がよりいっそう大きくなることを願います。

07/08/2022

『タモリさんの弔辞』

自分の人生にも他人の人生にも

影響を及ぼすような大きな決断を、

この人はこの場でしたのです。

それにも度肝を抜かれました。

それから長い付き合いが始まりました。

しばらくは毎日新宿の「ひとみ寿司」

というところで

夕方に集まっては

深夜までどんちゃん騒ぎをし、

いろんなネタを作りながら、

あなたに教えを受けました。

いろんなことを語ってくれました。

お笑いのこと、映画のこと、絵画のこと。

他のこともいろいろとあなたに学びました。

あなたが私に言ってくれたことは、

いまだに私にとって

金言として心の中に残っています。

そして仕事に生かしております。

赤塚先生は本当に優しい方です。

シャイな方です。

麻雀をする時も、相手の振り込みであがると

相手が機嫌を悪くするのを恐れて、

ツモでしか

あがりませんでした。

あなたが麻雀で勝ったところを

見たことがありません。

その裏には強烈な反骨精神もありました。

あなたはすべての人を快く受け入れました。

そのためにだまされたことも数々あります。

金銭的にも大きな打撃を受けたこともあります。

しかし、

あなたから後悔の言葉や相手を

恨む言葉を聞いたことはありません。

あなたは私の父のようであり、

兄のようであり、

そして時折見せるあの底抜けに無邪気な笑顔は、

はるか年下の弟のようでもありました。

あなたは生活すべてがギャグでした。

たこちゃん(たこ八郎さん)の葬儀の時に、

大きく笑いながらも目からは

ぼろぼろと涙がこぼれ落ち、

出棺の時、

たこちゃんの額をぴしゃりと叩いては、

「この野郎、
 逝きやがった」と、

また高笑いしながら大きな涙を流していました。

あなたはギャグによって物事を

動かしていったのです。

あなたの考えはすべての出来事、

存在をあるがままに

前向きに肯定し、受け入れることです。

それによって人間は、重苦しい陰の世界から

解放され、軽やかになり、

また、時間は前後関係を断ち放たれて、

その時、その場が異様に明るく感じられます。

この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。

すなわち、

「これでいいのだ」と。

今、2人で過ごしたいろんな出来事が、

場面が、思い浮かんでいます。

軽井沢で過ごした何度かの正月、伊豆での正月、

そして海外への、あの珍道中。

どれもが本当にこんな楽しいことがあっていいのかと

思うばかりのすばらしい時間でした。

最後になったのが京都五山の送り火です。

あの時のあなたの柔和な笑顔は、

お互いの労をねぎらっているようで、

一生忘れることができません。

あなたは今この会場のどこか片隅で、

ちょっと高い所から、あぐらをかいて、

ひじを付き、ニコニコと

眺めていることでしょう。

そして私に

「おまえもお笑い
 やってるなら
 弔辞で笑わしてみろ」
 
 

と言ってるに
 違いありません。

あなたにとって死も1つの

ギャグなのかもしれません。

私は人生で初めて読む弔辞が、

あなたへのものとは

夢想だにしませんでした。

私はあなたに生前お世話になりながら、

一言もお礼を言ったことがありません。

それは肉親以上の関係であるあなたとの間に、

お礼を言う時に漂う他人行儀な雰囲気が

たまらなかったのです。

あなたも同じ考えだということを、

他人を通じて知りました。

しかし、今、お礼を言わさせていただきます。

赤塚先生、

本当に
お世話になりました。

ありがとうございました。

私もあなたの
数多くの作品の1つです。

合掌。

タモリは手にしていた紙を

何度も見ながら弔辞を読んでいたが、

紙は白紙で、

すべてアドリブだった可能性がある。

7日夜放送のテレビ朝日「報道ステーション」では

弔辞の様子をVTRで伝え、

映像から
「手にした紙には何も書かれて

いないようにも見える」と指摘。

インターネット上の掲示板でも話題となり

「白紙なんだよね。 すごいよタモさん」

「あの長い弔辞を白紙で読んでるとかすげぇな」

「読み上げるふり。ささげるギャグなのかな」

などといった書き込みが相次いだ。

「タモリの弔辞」

8月2日にあなたの訃報に接しました。

6年間の長きにわたる闘病生活の中で、

ほんのわずかではありますが回復に向かっていたのに、

本当に残念です。

われわれの世代は赤塚先生の作品に影響された

第1世代といっていいでしょう。

あなたの今までになかった作品や、

その特異なキャラクター、

私たち世代に強烈に受け入れられました。

10代の終わりからわれわれの青春は

赤塚不二夫一色でした。

何年か過ぎ、

私がお笑いの世界を目指して九州から上京して、

歌舞伎町の裏の小さなバーで

ライブみたいなことをやっていた時に、

あなたは突然私の眼前に現れました。

その時のことは今でもはっきり覚えています。

赤塚不二夫が来た。

あれが赤塚不二夫だ。

私を見ている。

この突然の出来事で、重大なことに、

私はあがることすらできませんでした。

終わって私のところにやってきたあなたは、

「君は面白い。
 お笑いの世界に入れ。

 8月の終わりに
 僕の番組があるから
 それに出ろ。

 それまでは
 住むところがないから、
 私のマンションにいろ」

 と、こう言いました。

26/07/2022

誰でも口からマイナスなこと
もプラスなことも吐く。

だから【吐】という字は
「口」と「+」と「-」でできている。

マイナスのことを言わなくなると
「-」が消えて【叶】という字になる。

04/07/2022

実は…

住所

飾磨区英賀保駅前町53
Himeji-shi, Hyogo
672-8091

営業時間

月曜日 10:00 - 18:30
火曜日 10:00 - 18:30
木曜日 10:00 - 18:30
金曜日 10:00 - 18:30
土曜日 10:00 - 18:30
日曜日 10:00 - 18:30

電話番号

+81792385552

ウェブサイト

アラート

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